1. 全体俯瞰力の必要性
「全体を考えよ」「全体をイメージせよ」と言われます。ことわざに『木を見て森を見ず』とあるように、全体を見ることの重要性が古くから説かれています。また、ビジネスの世界でも、「鳥の目・虫の目・魚の目」のように、多角的な視点や視座を持つべきとの考え方が多くあります。
経験が浅かったり、余裕がなかったりすると、つい目先のことばかりが目に入り、それに没頭して全体が見えなくなってしまいます。「全体を考えよ」と、どの世界でも度々言われるのは、全体が見えないことによって、多くの良くないことが起こってきた証です。ビジネスであれば、良くないことは、利益を損ねることにつながりますので、それらの「リスク」はなるべく抑え込む必要があります。だから、そもそも普段から全体を見渡す習性、つまり「全体俯瞰力」を身につけてリスクを減らせ、ということなのだと思います。
2. 木も見て森も見たい
若手時代、私は仕事でずいぶん悩みました。
なぜ、意外な人からツッコミが来るのか。
なぜ、ケリをつけるつもりで臨んだのに、納得を得られず、終わらないのか。
なぜ、考慮していなかったのか、と後から指摘されるのか。
なぜ、何度説明しても、進め方がイメージできない、と返されるのか。
当時の先輩や上司からは「全体が見えていないから、成功も失敗も含めた経験が必要」とアドバイスを受け、焦りながらも意識して、コツコツと積み重ねていく毎日でしたが、なかなか実感が湧きません。「全体を考えたい」と思っても、具体的に何をすれば良いのか、悩んだ期間は長かった記憶です。
同様にお悩みの方も多いのではないでしょうか。
結論から申し上げると、『木を見て森を見ず』ということわざが、古くから存在する根深いレベルですので、その解決策である「全体俯瞰力」を身につけることは、そう簡単ではありません。私自身、今ではそれなりに身につけることができたと自負していますが、自分自身を振り返ると、「全体俯瞰力」は、様々な立場の人と会話し、いろいろな成果を見て、感銘を受け、自分に取り込み、アウトプットした経験の数や、特定の場所で過ごした時間の量などに比例する部分はやはり大きいと思います。
逆説的ではありますが、私は、全体俯瞰力を身につけるには、『木を見て森も見る』ことが必須であると思っています。森だけでは本当に全体を俯瞰したことにならないためです。立場が変わって自動的に上位目線でモノを見る立場になってからも、できるだけ作業は任せつつも、作業レベルの理解に踏み込み、現場に共感できるように心がけてきました。
3. 全体俯瞰力を身につけるヒント
さて、本題に話を戻しますが、私のモヤモヤを晴らし、モノの見方が変わるきっかけになった出来事がありました。それは、コンサルタントとしての修行中に、ある方(今でも師匠)が描いた「プロジェクトの全体像」です。それを原点に、その後の私の経験も踏まえアレンジした内容を3点、全体俯瞰力を身につけるヒントとしてお伝えしていきたいと思います。なお、ヒントは、普段のチェックポイントとして活用できるよう、自問自答形式にしてあります。読者の皆様の何らかのプラス材料になれば幸いです。
ヒント① 全体俯瞰したい世界が正確に見極められているか
全体を俯瞰するために絶対に不可欠なことは、これから全体俯瞰したい(すべき)世界は何かを正確に見極めることです。なぜならば、その設定を誤ると、自分が表現したい全体の姿が歪むからです。
世界を正確に見極めるためのコツは、自分の眼の設定を意識することです。
私は、自分が全体像を見たい世界をイメージするとき、自分の眼をカメラに見立てます。その後、そのカメラを設置する高さと性能を考えます。近年、この考え方はそれぞれ「視座」や「解像度」などと言われます。
私のITコンサルティング関連の仕事では、 “ITシステム”や“システム構築プロジェクト”の全体像を捉える必要があることが多いのですが、自分が描くシステムやプロジェクトを見る自分の眼を模したカメラをどこまで引いて、かつ、どこにピントを当てて絞り込むかをイメージします。ITではなく、ある業界の全体像であっても、クライアントの事業の全体像であっても、同じように考えます。
視座を上げれば、視野が広がるが、その視界に入る1つ1つの構成物の詳細が見えなくなる。視座を下げれば、視野が狭まるが、その視界に入る構成物の詳細に踏み込める。そうしたイメージです。
私は、この視座の違いを活用して、定点カメラのイメージよりは、ドローンのように自由にダイナミックに動く姿で、いろいろと頭の中でグルグルとシミュレーションするアプローチを取り入れています。これが、全体俯瞰力を身につけるはじめの一歩であると考えています。
私は、各論に入る前に、世界全体の『スコープ』を正確に見極め、どこにピントを当ててメリハリをつけるかを決めることが非常に重要と考えているため、眼の設定には特に神経を使います。
下記は、プロジェクトの全体像をイメージするときの眼の設定の具体例を述べています。興味がある方は参考になさってください。
【Column】プロジェクトの全体像をイメージするときの眼の設定の具体例
1)目の前にある情報の外側から攻めてみる(視点をずらして見えない部分を想像してみる)。
- 安全確実に実行できるか。
- 技術的な落とし穴はないか。
- 他の作業とバランスよく、この作業がデザインできているか。
2)この全体像で何を語りたいのか。関心の高い重要な作業にピントを当ててみる。
- 真の最終ゴールは何か。
- (作業の完了がゴールではなく、報告して承認を得るまでが最終ゴール、等は特に起こりがち)
- 目の前のスケジュールで引かれている主なタスク以外にやるべきことはないか。
- 潜在的な(影の)ボスはいないか。他に説明を尽くすべき人はいないか。
ヒント② その世界の全体像を表現するためには何種類の見せ方が必要か
ある世界のスコープを定義した次のステップとして、その全体像を表現することを考えてみましょう。表現するにあたり、具体的な絵に落とす前に考えておきたい重要なことは、「観点」や「論点」です。
ここでいう観点・論点とは、例えるならば、その世界を表現するために使う一種のフィルターのようなものです。具体的には、ITの世界であれば、現在構想中の新たなシステムの全体像を表現するための観点、例えば「ユーザーから見える論理的な機能」や、「システムが扱う情報」などが該当します。これらを主語にした全体像を組み合わせて、トータルの全体像を示すのです。
このように、ある世界の全体像を表現するために何種類の見せ方、すなわち観点(論点)が必要なのかを検討します。
ヒント③ 絵に描けるか
デジタル化が進んでいる現在の令和の世においても、全体像を表現するために有効な手段の1つは、やはり2次元の平面の「絵」になると思います。
もちろん、全体を示す手法として、法律の条文やシナリオのようにテキストのみで伝えるロジカルな世界もあれば、具体的な製品企画などのように、リアルなイメージをグラフィカルな3次元モデルで見せる場合もあるでしょう。しかし、「全体を考えよ」「全体をイメージせよ」という要求に対する「全体俯瞰力」を語る上では、合意形成を促すための無形のイメージの可視化、つまり俗に言う“ポンチ絵”を示すことが圧倒的に多いと思います。
ヒント①②を通じて、対象の世界を見極め、観点を決めたら、次は、この絵をいかに描けるかが全体を俯瞰するポイントになります。逆説的には、この絵が描けなければ全体が俯瞰できていないと言えます。私の場合は、見た目にこだわらず、まずは方眼紙に手書きしています。
全体俯瞰力のエッセンスとして重要なのは、「登場人物・構成物」「範囲」「構造」「つながり」の4つの要素です。私の経験上、全体が見えていないと自覚したり、指摘を受けたりするときは、特に、4つ目の「つながり」が把握できていないパターンが非常に多いと感じています。
以下は、私の職業柄、よくある“作業の全体像”を語る際の留意点、および上記「登場人物・構成物」「範囲」「構造」「つながり」の4つの要素を示すテクニックの概要を説明したコラムです。ご興味ある方はぜひご確認ください。
【Column】作業の全体像を示すときの留意点
作業の全体像を示すためには、WBS(Work Breakdown Structure)で、登場人物(担当)・構成物(作業を実施する対象)、範囲、構造を示したのち、つながりも何らかの形で表現することが重要です。プロジェクトでの合意形成を図るための作業の全体像であれば、WBSは詳細すぎて一目で理解できない欠点があるため、むしろ、範囲と構造は模式的に簡易に表現し、作業間のつながりに焦点を当てた、いわゆる『進め方』や『マスタースケジュール』の可視化に注力します。
【Column】「登場人物・構成物」「範囲」「構造」「つながり」の4つの要素を示すテクニック
1)登場人物・構成物を示す
ある全体像を示す観点(=ヒント②)に沿って、見せたい世界(=ヒント①)を構成する要素を洗い出します。
<ポイント>
・その世界を構成する主要な要素を全て挙げる
・思いついた要素をもう一段階さらに分解する(具体的にする)
2)範囲を示す
ある全体像を示す観点(=ヒント②)に沿って、見せたい世界(=ヒント①)の境界を示します。
<ポイント>
・世界の末端の境界を区切り、内側と外側を明確にする
・さらに、登場人物・構成物に応じて世界の内側の境界を区切る
・境界の中に登場人物・構成物を一旦置く
3)構造を示す
登場人物・構成物・範囲に応じて、共通項を層(レイヤ)に分類し、要素を並べ替えます。
<ポイント>
・縦と横を意識する
・範囲の間で共通する登場人物・構成物は共通的な表現に変えることを検討する
・登場人物・構成物・範囲の粒度が合わない場合は観点を分けることを検討する
4)つながりを示す
構造体の中に示された登場人物・構成物・範囲の間の関係性を表現します。
<ポイント>
・全体の構造の中を流れるものは何かをイメージする
(世界の質によりますが、お金、情報、時間、力、人間の意思、などが該当)
・どこからどこへ、誰から誰へ、それが流れるのかを表現する
・細かすぎて煩雑になる場合は観点を分けることを検討する
最終的に自分の手で絵を描き切り、全体像としてアウトプットできる(示せる、説明できる)状態まで至れば、全体を俯瞰するための強い力となるでしょう。
テーマがテーマだけに、やや抽象論が先行した部分もありますが、それだけこの全体俯瞰力の体得は難しいものであると思います。現在、具体的な例をもとにしたコンテンツを準備しておりますので、こちらは別の機会にご紹介できればと思います。
今後とも、ALT+編集部をよろしくお願いいたします。
*冒頭のイメージ画像:グラフィックデザインツール「canva」にて作成