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ポートランドの記憶


写真:Unsplash|Zack Spear

平素は、ALT+編集部の記事に興味をお読みいただき、誠にありがとうございます。本稿では、少し趣向を変えて、過去に訪れた海外の街の記憶をご紹介したいと思います。

今回、海外に目を向けた直接のきっかけは、周辺の方から、寄稿してみては、というお声をいただいたことでした。そこで改めて私の記憶を辿ってみると、海外でのいくつかの体験が私のマインドやキャリアに大きな影響を与えているのは紛れもない事実ですので、これはぜひご紹介させていただこうと思い立ちました。

そこで本稿では、私のこれまでの人生に最も大きな影響を与えた、アメリカ西海岸のオレゴン州ポートランドにスポットを当てて、ご紹介したいと思います。最後までお付き合いくださると幸いです。

1. ポートランドの魅力

はじめに、ポートランドという街について少し触れておきます。ALT+編集長の愛読書の一つである、「ポートランド ー 世界で一番住みたい街をつくる(著:山崎満広 氏)」では、このように紹介されています。

ポートランドはアメリカ西海岸のオレゴン州の北西部、シアトルとサンフランシスコの間に位置する。市内の人口は約62万人で、千葉県船橋市や鹿児島市とほぼ同じ規模だ。(中略)ポートランドは古くから港町として栄えてきた。周辺都市を含む人口は235万人で、全米24位の都市圏人口を誇る。(中略)アメリカではリーマンショック以来長引く不景気のなかで、ポートランドが注目されはじめた。不景気になり街中がスラム化したデトロイトと比較すると、ポートランドはそれほど不景気の影響を受けなかった。この二つの街は対照的だ。デトロイトは自動車とともに発展した街、ポートランドは自動車交通を抑制した「時代錯誤」の街。


ポートランドは、サステイナブルな生活をベンチマークとしている都市(サンフランシスコ、シアトル、ボストンなど)のなかでも一番規模が小さい。しかし単に街が小さいのではなく、街を小さく保とうとする政策を推進してきたことが、ほかの都市にはない特徴だ。それでいて、同じ規模のほかの都市より都会的なダウンタウンがある。交通インフラが整い、環境にやさしい建物、歩いて楽しい街路が人々を引きつける。この地に引きつけられた人々が生みだすカルチャーは、いつしか世界中の人々の注目を集めるようになった。(中略)ポートランドは街の規模は小さいのに、文化のレベルは高い。そこにはウェストコートのリベラルな文化がベースとしてあるのだろう。西部開拓時代の来る者は拒まないという気風が残っていて、必要な物は自分たちでつくり暮らしてきた。ポートランドの自由で創造的な気質は街のいたる所で見られる。

(山崎満広『ポートランド ー 世界で一番住みたい街をつくる』学芸出版社)

私は、大学生時代にヨーロッパを数カ国旅行したことはあったのですが、アメリカに降り立つのは初めてでした。そんな私が、ポートランドを訪れて感じたことは、とにかく「美しい」街。建物や街並みの風景ももちろんですが、街を構成する道路や線路のほかに、バスや電車のほかに自転車が快適に共存する交通システムのあり方、店舗と住居が織りなす街の居住空間のバランス、街路樹や街灯などのディティール、そのどれをとっても美しく、隅々まで考え尽くされた都市のデザインの力に圧倒されました。そして、コンパクトに新しいものばかりが並んでいるだけではなく、どこか古めかしい歴史の深さを感じさせる。その魅力に寄り添い、この街を大切にしようとする人々の息吹や熱量。「自由」や「文化」といった言葉がよく似合う、素敵な街でした。

2. ポートランド訪問のきっかけ

今から5年ほど前、コロナ禍が始まる少し前の話です。ポートランド訪問は、私の親族のうちの一人が、アメリカ在住の日本人の方と知り合いで、私の家族との縁を繋いでいただいたことが起点でした。その日本人の方のご自宅に短期ステイする話が、最初は夢想レベルだったのが、トントン拍子に話が進み、1週間強の滞在を実現するに至りました。割と唐突に決まったにもかかわらず、滞在を快諾いただけたことは本当にラッキーでした。

ホストファミリー全員からいただいた心温まるサポートは数えきれないほどです。そのおかげで、私や私の家族にとって、人生の宝ともいうべき貴重な体験を得ることができました。

滞在先はアメリカ西海岸のワシントン州。山々に囲まれた自然豊かな場所にあり、北にシアトル、さらに北はカナダとの国境。そして南にはオレゴン州。ハイウェイを車で30分〜1時間程度南下すると、ワシントン州とオレゴン州との州境があり、その玄関口がポートランド、という位置関係にありました。

正直な話、ポートランドという街のことは、そのロゴがプリントされたTシャツをどこかでみたことがある程度でほとんど知りませんでしたが、近くだから、まずは行ってみましょうとホストファミリーからの紹介で、街歩きに繰り出した、というわけです。日程の都合上、短期間の滞在ではありましたが、その素晴らしさを肌で感じるまでにそれほど時間はかかりませんでした。

アメリカ滞在は7泊9日。ポートランド以外にも、ワシントン州のホストファミリーの近郊で貴重な体験をたくさんさせていただきました。教会の集い、湖畔の友人宅の庭でなぜかトラクターを運転、ヤードセール(各戸の庭先で中古品・不用品を売り出すフリマ)に連れて行ってもらい貴重な絵画を入手、州立公園でバーベキューの傍らブーメランの投げ方を習って1時間以上は軽く興じた、などなど。そのどれもが刺激的でしたが、その中でもポートランドで過ごした時間は、「原風景」に近いレベルの記憶で心に深く刻まれています。

3. 街の風景

街歩きで写したいくつかの風景をご紹介したいと思います。

裏通り

メインストリートから一本裏に入った通りの一角の風景。至るところでこのような景色が見られました。どのサイン(看板)も景観に配慮されています。どこでも、どの方向を向いても風景画になるくらいの趣があります。

Pioneer Square サウスウェスト地区

碁盤目状に区画された区域の中で、サウスウェスト地区のPioneer Squareの風景。公共交通は、「トライメット」という団体(オレゴン州法により設立)が運営するバスが網羅的に整備され、低料金で全車輌が車椅子対応、また、ほとんどのバスが自転車ラックを整備。市内はどこでもアクセスしやすく、地球環境にも配慮されています。電線も必要最低限しか見えず、スッキリしています。思わず、寝転んでしまう気持ちも分かります。

ポートランドの道路

もう少し、交通について。この路面電車のレールも象徴的です。ポートランドはトランジットモールがありますが、一般的に「トランジットモール」は、公共交通と歩行者に限定し、マイカーなどの自動車は排除する考え方を想像しますが、ポートランドでは、郊外と市内を繋ぐMAXライトレール、路面電車のStreetcar、路線バスの車線、自動車用の車線と厳密に分けている場所もあります。快適な街の交通システムのコンセプトが綿密に計画され、ハード・ソフト共に都市に実装されている姿を見ることができました。

POWELL’S BOOKS ウェスト・バーンサイド・ストリート

ウェスト・バーンサイド・ストリートにある有名なPOWELL’S BOOKSです。1日では回りきれないほどの書籍の量でした。ジャンル別にフロアが分かれ、中古も新書も豊富でした。多少は日本で英語を読み書きを勉強してきた自負から、ビジネス系や自伝の洋書にチャレンジしてみましたが、クセの強い表現が多用されている単行本などは、同じ英語のはずなのに全く理解ができない(通読しても頭に入ってこない)。愕然としました。その刺激を受け、いつかは読破したい思いから、クセの強そうな数冊(日本では入手困難そうなものを厳選)を購入して帰ったのでした。

Pioneer Square(外周) サウスウェスト地区

こちらは#2のPioneer Squareの外周の風景です。この写真には私のお気に入りの一つです。ポートランドを象徴する、文化と技術の融合、自然と共存する街のあり方、そしてそれに魅せられた人々の息遣いがギュッと凝縮されているように感じます。

4. ポートランドが教えてくれたこと

この街を訪れたとき、私は某会社の会社員でした。朝起きて、会社に行き、仕事をして、夜は帰宅して、家族と過ごして、眠りにつく。そして次の日の朝がやってくる。そんな生活を10年以上繰り返しました。忙しく毎日を過ごし、それなりに仕事のスキルを身につけて、それなりに会社の中で昇りました。私生活においては、日々を過ごす中で、イベントありハプニングありで色々な出来事が起こりますし、喜怒哀楽ももちろんありました。ある意味では真面目かつ実直に、ある意味では盲目的に、毎日が過ぎていき、それ以上でもそれ以下でもない、それなりに充実した毎日であったと思います。

そんな自分がポートランドの地に立ち、まず最初に感じたことは、「地球の反対側には、こういう豊かな時間が流れている場所があるのだ」ということ。バカみたいですが、本当にそんな気持ちだったのです。

人々の息吹や熱量。自由や文化。それらが全身で感じられた。なんて生き生きとした時間なのだろうか。街を歩くにつれ、素直に、うらましいなという思いを強くする自分がいました。「あこがれ」です。40年以上生きてきて、それなりに頑張っているつもりではいました。忙しい中でも、幸せは感じていたと思います。それなのに、街を見て、うらやましい自分がいる。

その場では、その思いに圧倒されただけでしたが、ホームステイ先に戻って寝床に入って冷静になったとき、そのうらやましさは何なのだろうかと、答えに迫ってみました。

自分は大学院を出て、20代半ばで就職し、そこから20年近くの間、サラリーマンとして生計を立ててきました。その間は、別記事の人生録にも書かせていただいた通り、時に辛く、時に成長を噛み締めながら、結果的にさまざま勉強させていただいた貴重な時間でした。ただ一方で、それだけの膨大な時間を費やしてきた中で、本当に自分がやりたいことに使えた時間はどの程度あったのか?ということです。

サラリーマンとして過ごした時間を否定したい意図は決してなく、その成長の通じて今があることは紛れもない事実ですが、命ある一人の人間として、もっと自由に、もっともっと貪欲に、自分の体力や時間を自分のものとして使う。そんな生き方はできないか。マインドを変えることで、単に指をくわえて「あこがれ」ているだけの自分の領域を、少しでも小さくできるのではないか。アメリカ西海岸の小さな街に潜む息吹と熱量、そして豊かな文化が、そんな思考を自分に教えてくれたのでした。

そして、最後の夜にホストファミリーが催してくれたBBQパーティ。ご自宅のあった山肌の中腹から見えた広い空に広がる地平に沈む夕陽を眺めながら、「解き放て」という強烈なメッセージを得たのでした。

それから程なくして、それまでお世話になった会社を辞め、転職を通じたキャリアアップの道を歩み、独立まで至った現在があります。自分の体力と時間は自分のためにある、それが第一。その信念に基づいて、他人に与え続け、共に生きる。自分に費やす人生なのだから、幸福度の高さは無限の可能性がある。そうした思考のヒントをくれたポートランド、そしてその縁をくれた全ての人たちに、改めて感謝の意を表したいと思います。

もし、この記事を読んで、共感してくださる方がいらっしゃれば幸いです。現在の経済情勢下では、米国への旅はなかなかハードルが高い面もありますが、ご興味ある方はぜひ一度、訪れていただければと思います。

他にも、私自身のキャリアやマインドが変化するきっかけとなった出来事はいくつかありますが、それはまた別の機会でご紹介させていただきます。

今後とも、ALT+編集部をよろしくお願いいたします。

*同記事は、2024年10月にメディアプラットフォーム「note」から移管した内容をもとに一部内容を編集したものです


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